KIMUTATSU BLOG
木村達哉のブログ「キムタツブログ」

カテゴリー別アーカイブ: 人生論

kimutatsu

一所懸命

Posted on: 2012年4月26日(木) 1:30

 

 

 

 

 

 

 

 

 
人間ってのはどんどん変化するもんですね。僕は15年前の僕では全くないなぁ。
それどころか2005年5月に初めて本を出したときの僕とも違う。

いろんなことを経て、人間ってのは変わっていくんやなぁ。

よく苦労すると人間が大きくなるとかって言うよね。でもそれは違うなぁ。

例えば女にふられてしもたとする。それ自体は本人にとってはちょっとした苦労
なんやろうけれども、それだけでは大きくはなれんわ。

完全に乗り越えないと成長なんかせん。

男ってのは結構ウジウジしていてね。ふられたりすると、かなり長い間根に持っ
たりする人が多い。同僚なんかにその女の悪いところを話して酒の肴にしたり。

その女の悪口を友達や同僚に言うたりしてるような、犬のウンコ以下のオオバ
カが成長できるわけがないわけですわなぁ。

そう考えると、苦労したから人間が大きくなるんじゃなくって、それを乗り越えた
ときこそ、つまり成功体験こそが人間を大きく変えるんやなぁ。

ドラクエだって、モンスターに出会うだけでは成長できない。うまくできてるよね。
あれはモンスターを倒さないと経験値は上がらんもんなぁ。

僕の場合は成功してるかどうかはともかくとして、以前はネット等に自分の悪口
が書かれてあるのを見ると嫌で嫌でしょうがなかったけどな。

今はもうどうでもいいわ。

中には僕が自分のブログなんて見ていないと思い込んで僕のことをいろいろと
書いてる人もいるけれども、まぁ気の毒やなぁとは思うが、だからってその人の
ブログのコメント欄などに書き込むほどの子どもでもないし、暇じゃないしなぁ。

いろんな壁にぶち当たって、それを一所懸命に乗り越えようと頑張ってきた。そ
うしてるうちに多少の「壁」なんて「壁」でもないなと思うようになってきた。

なんかね、頑張ってるうちにもっと自分の目標とか夢を実現することにエネルギ
ーや時間を使いたいなという気持ちがどんどん強くなってきた。

いろんな本を読み、立派な人の話を聞いているうちに、人間ってのはいつ死ぬ
かわからんのやから、悪口を言うたり聞いたりする時間があったら、あるいは
何か復讐に燃えたりネガティブなことを考えたりする時間があったら、前向いて
生きていくためにどうしたらええかを考えるようになってきた。

身の回りでいろんな人たちが支えてくれてる。今は少しでも日本の英語教育が
いい方向にいくことを願ってやまないし、そのためにも目の前の生徒たちを大
事にして、しっかりと自分の教育のスタイルを形成していかねばならぬ。

あと2年で50歳。

そのときにはきっとまた違う風景が見えてるんやろうなと期待してるし、その時ま
でに自分をもっともっと高めておきたい。

そのために何が必要なんかな。

いろいろ考えながら、いつ幕を下ろすかわからない人生を、一所懸命生きよう。
長生きして、できるだけ多くの痕跡とコントリビューションを残して旅立とう。

 
今日も僕のブログに来てくださってありがとうございました。
『終末のフール』の中にある「いつまで生きるつもりで今の
生活を送ってるの?」という台詞が大好きです。
いつまでも命があると思うからダラダラ生きてしまうんですねぇ。

 


投稿者: kimutatsu  |  カテゴリー: 人生論  

kimutatsu

本を書くということ

Posted on: 2012年4月3日(火) 0:09

 

 

     

     

       

    
灘の生徒たちが福島県立相馬高等学校を訪問したそうで、その話を前川先生とし
ておりました。相馬高校には友達がいるのでとても嬉しかったです。

さて、今日から合宿。

昨日はいつもお世話になっている甲子園五番町カイロプラクティック院の福井先生
に体じゅうを揉みほぐしてもらいました。

「木村さん、体の右側がかなり硬くなってますね」等と言いながら、体のバランスを
いつもきっちり見てくださるので、ここのところ肩凝りとは無縁の生活をしています。

あるときには足を、あるときには首の後ろを、入念にマッサージしてくださるのです。
今となってはもう福井先生のマッサージなしには僕の仕事は成り立ちません。

というわけで、万全の体調で合宿に行ってきます。

 
 

       

    

     

     

      

  
先日から「本を書きたい」という先生方と話をする機会がありましてね。どうやれば
本が書けるんでしょうかという質問を投げかけられることがよくあります。

裏返せばそれだけ物書きになりたい人が多いということなんでしょうね。

大事なものは「想い」でして。

カネを儲けたいという気持ちが先に立っている人には、とてもCPの悪い仕事だと思
うんですよ。(CP=コストパフォーマンス)

『センター試験英語リスニング合格の法則』を2冊、『東大英語リスニング』を書いた
翌年に振り込まれた印税が約50万円でした。

とても嬉しかったけど、本を3冊出してもだいたいこんなもんなんだなと思いました。
後から「3冊で50万円なら結構いいほうだ」と、ある著者の方から聞いたものです。

カネにこだわるのであれば、もっと違うことをされたほうがいいと思う。

 
 

 

 

 

 

 

 
本を書くというのは、頭の中にある想いを形にするということです。そしてそれを使っ
た人、読んだ人を、幸せにできるということです。

そしてもう1つ。

自分が死んだ後にも、自分の想いがこの世に残るということです。

永久に生き続ける人はいませんが、しかし書店さんに行けば、実は夏目漱石先生
も遠藤周作先生も、彼らの想いが今もなお残っていることがわかりますね。

本ってのはそういうものです。

僕が死んでも、体が滅びても、魂は生き続けるんだなと思えばこその本なのです。

今のところ、僕は約40冊の魂を遺すことができることになっているのですが、これら
のうち、1冊でもいいから、僕の死後も皆さんに大切にされることを願っています。

人は誰でも死にます。

でもsomething in my mindは、僕の本を読んでくださる人々がいらっしゃる限り、
生き続けるのです。これこそが物書きの特権だと思っています。

「本を書きたい」という人たちにまず理解してもらおうと僕が務めているのが、ここ
に書いたことなのです。極めてCPの悪い仕事ではありますが、しかし死後も魂が
生き続けるという意味では、極めてやり甲斐のある仕事ではないでしょうか。

さてと、合宿の準備をしようかな。

 
今日も僕のブログにおこし下さいましてありがとうございました。
 
 


kimutatsu

新大学生の皆さんへ

Posted on: 2012年4月2日(月) 12:07

 

 

 

 

 

 
昨日は私学大会の1回戦で、相手は報徳でした。負けました。いつもながら自爆
して負けてしまったのは、ひとえに監督のせいなんですけどね。

自爆=ヒットをたくさん打たれて負けたのではなく、
     エラーばかりして自分で勝手に負けること。

明日から淡路島で合宿を行いますので、守備と走塁をひたすら鍛えようと思ってい
ます。打つのは素振りを何回できるかですね。

要するに「何より基本」という姿勢を崩さずに練習しようと思っています。

新高2の光山と吉田がノッカーとして来てくれるのはとてもありがたい。

 

 

 

 

 

 
(試合後、報徳の監督と)

各大学で入学式が行われているそうです。2ヶ月ほど前、ドキドキしながら受験を
した大学に、あまり似合わないスーツ姿で今から参列するのであろう新入生の姿
を電車の中などで見ると、何とも言えず微笑ましくなりますね。

大学の4年ってのは驚くほど速く過ぎてしまいます。

前にも書きましたけれども、ダラダラと過ごすことなく、やりたいことを胸に刻みなが
ら生活しないと、結局は部活動以外は何もできなかったという4年になります。

バイトに明け暮れる人もいますが、社会に出ると「休ませてほしい」と言っても休み
がないぐらいに働かされてしまいます。

大学の間は、そりゃバイトも悪くはないですが、それより多くのことを経験する4年で
あってほしいなと思います。

かく言う僕もあまり何もできないまま大学を卒業してしまったクチなので、自戒の念
を込めて言っているわけです。っていうか、そういう大人のほうが多いんやないかな。

バイトをして何万か貰うと、おぉすげぇ!っていう感じになり、もっとお金がほしいとい
う病気にかかってしまって、中には友達に「こんなに稼いだ」なんて自慢するバカにな
る大学生もいます。

バイトするならば自分に投資をするお金と割り切り、そのお金で海外に飛び出すとか、
日本中を旅して歩いてみるとか、高校時代にはとても買えなかった本や教材等を買っ
て勉強してみるとか、そういうことに使ってほしいな。

そして社会に出た時に、即戦力と言ってもらえる人材に育ってほしいと願っています。

まだ18歳なんて子どもなのです。逆に言えば、これから伸びるのです。自分はまだ
まだこれから伸びるのだという意識を持って、自分を鍛えてもらいたいと願っています。

新大学生の皆さん、人生を楽しく生きて下さい。そのためにいろんな経験を、今のうち
に積んで下さいね。期待しております。

 
今日も僕のブログにおこし下さいましてありがとうございます。
明日からの合宿では怪我人が出ないことを祈っています。

 


kimutatsu

出逢った方々とのご縁を大切に

Posted on: 2012年3月31日(土) 22:06

 

 

 

 

 

 

(丸山先生の結婚式にて)

丸山先生の披露宴ってさ、キャンドルサービスあったっけ?と聞かれたのですが
あのなぁ、どんな披露宴やねん。間違いなくありましたがな。

キャンドルサービスを盛り上げるために、こうしてマスクを買ったんやから。

我々がキャンドルサービスを見ないで写真を撮りあってたうえに、完全に酔ってた
から、記憶に残ってない人がいるってことやな。

丸山先生の結婚式って、写真のスライドやってたらしいけど、どんな写真やったの?
と聞かれて答えられず、致し方なく西山先生に「スライドってどんなんやったの?」と
聞いても答えて貰えなかった・・・

要するにテーブルが同窓会状態になってたんやな。丸山君、ごめんよ。俺たちは全
く写真を見ていない。

ま、楽しかったってことで良しとしよう。

ラ・サールの生徒たちが入ってきて、丸山先生に挨拶してるシーンはとても良かっ
た。しかしそれ以外は披露宴というよりむしろ「一次会」やったなぁ。

楽しかった。しょっちゅう会える仲間ではないので、その点で丸山先生に感謝。

よく結婚披露宴に招かれて困るのは、そのテーブルに知り合いが全くいないという
ことやねんなぁ。飲んで食うしかない。

それに引き換え、今回はテーブルが東京や福岡、京都などから来たTKの先生方や
アルクの面々ばかりだったので、もう楽しくて楽しくて、普通の飲み会になっちまった。

次は誰が結婚するのか知らないけど、TKの先生方の結婚披露宴はあんな感じで
盛り上げるってのを定番としたいなと、勝手にそう思ってるのです。

 

 

 

 

 

 

(アルクの矢部君と石川君に挟まれているのは・・・)

東北の先生方にお礼状を書いていますが、仙台で行ったセミナーで出席カードを
出してくださった方々には全て書き終えました。

さすがに約100名の先生方に全て手書きで書くのは大変なのですが、一枚ずつ
心を込めて書いております。

磐城高校さんで行ったセミナーのほうのお礼状も書き始めています。そしてすでに
何名かの先生方から返事を頂戴しました。嬉しいものです。

ご自宅の住所を書いて送ってくださる先生方が多いのは嬉しいもので、年賀状等
は今後はご自宅にお送りできます。

ご自宅の住所を知っていると、異動などがあっても大丈夫で、末永くお付き合いで
きることになります。

よく年賀状をお出ししても、「こちらの学校にはこういう先生はいません」と戻ってく
ることがあります。今年の年賀状も15通ぐらい戻ってきました。

しょうがないので、PCの筆ぐるめから削除することになります。

名簿から知り合いが消えるのはとても寂しいものですが、しょうがありません。

その点、ご自宅からだと「あぁ、向こうも今後お付き合いをお願いしますと思ってく
ださってるんだなぁ」と、嬉しくなりますね。

個人情報を保護しようという法律ができて、「自分の担任がどこに住んでるのかさ
え知らない」という生徒が増えました。

これってどうなんでしょうね。担任に年賀状を出す際には、学校に出すそうです。

確かに個人情報を保護するのは大事なことですが、そのためにとても大切なものを
失っているのだとすれば、それはどうなんだろうなと考えさせられます。

僕のPCの筆ぐるめには約700名の先生方のご自宅が登録されているのですけれ
ども、こうした先生方とのご縁を大切に、お付き合いができればと思っています。

中には「広島にきたらうちの家に泊まりなさい」と言ってくださる先生もいらっしゃって
そのうち本当に泊まりに行ってやろうと画策しているのです。

この歳になってこんなにも多くの友達ができて、本当に嬉しく思っています。

 
今日も僕のブログを覗いてくださいましてありがとうございました。
人間ってのはひとりでは生きていけないのです。
他の人たちとのご縁を大事にしたいものですね。本当にそう思います。
打算ではなく、心のこもったお付き合いをしたいと願っています。

 


kimutatsu

信じて続けてきたからこそ

Posted on: 2012年3月21日(水) 23:48

 

 

   

        

         

         

  
開会式に行こうかなと思って、えらい早起きし、甲子園に入ったのが朝7時。
1塁側スタンドはガラガラ・・・なんのために早起きしたんや?

でもやっぱ始まってみると感動的でして。

特に選手宣誓が良かったなぁ。ジーンとなりながら聞いていました。

     

        

          

         

        

        

   
     

        

        

       

        

          

 
開会式直後の第1試合が三重高校と鳥取城北高校の試合でした。開会式は
比較的グラウンドに近い席で見ていたのですが、高い場所に移動。

球場ってグラウンドに近い場所で見ると全体が見えないので、高い場所の方
が見やすいのです。特に外野の位置とか、走者が逃げたとか逃げないとか。

あ、「逃げる」ってのは盗塁の意味です。

高い場所にいると全体が見渡せて、とてもいい。

試合はかなりシーソーゲームでしたが、最後は三重高校が勝ちました。去年の
2月に講演に行かせて頂いた学校なので、大声で応援しておりました。

鳥取城北高校も9回2アウトからHRを打って1点差にしました。開会式直後から
えらいもつれた試合で、選手たちは大変やったでしょうけれども、試合自体はかな
り白熱していて、観戦のし甲斐があったというものです。

          

                    

                        

                     

                          

                           

   
こういうところでプレーができる選手たちは幸せですが、その分の努力をしたか
らこそ手に入れることができた幸せなんですよねぇ。

四の五の言わないで、必死に練習してきたのでしょう。

それが勉強となると「どの本がいい?」だの「この方法はいいのか?」だの、まぁ
そんなことを言うとる前に毎日続けなはれと言いたくなってしまいます。

選手たちはたぶん「この方法はいいのか」なんて思わず、指導者に純粋に従い、
だからこそ手に入れた栄冠なのでしょうね。

というようなことを考えながら、スタンドで観戦していた木村です。

英語だって数学だって、大事なのはこれと信じた教材を必ずまるまる一冊完璧に
潰そうとすることではないでしょうか。ましてその教材を最後まで1回も終わってい
ないのに、まるで評論家みたいな姿勢で批評するのはどうかと思います。

部活も勉強も同じです。というより、基本的な人間の営みなんてどれも同じですわ。
大事なことはむしろ評論家然としないこと。愚直に続けること。それに尽きるな。

 
今日も僕のブログに来てくださいましてありがとうございました。
最近は運気がさらに強くなってきたのを感じています。
人の悪口を言わずに、黙々とやるべきことをやっているだけですが
これって本当に大事なことですね。

 


kimutatsu

自分の人生を見つめる

Posted on: 2012年1月20日(金) 12:10

 

 

 

 

 

 

 

伯父の死去に際して、たくさんの方々からお見舞いのメールやお電話を頂戴い
たしました。ありがとうございました。

残り時間が徐々に少なくなってくると、通夜式や告別式に参列させていただくた
びにいろいろと考えるものです。

若い人たちはまだその時間がたくさんあるように思えるんでしょうが。

だけど我々はいつ旅立つかわからないということを、17年前の1月17日と昨年
の3月11日に、自然が教えてくれました。

悔いなく生きたいものです。

普段は余裕なく生きている我々ですけれども、誰かの死に際すると、その人の
人生に重ね合わせて、自分の人生の過去と未来を考えるものですね。

自分はこう生きてきた。そしてきっとこう生きていくのだろう。

果たしてそれでいいのか?

もちろん過去を変えることはできませんが、未来はいかようにも変えることがで
きるわけです。

伯父は本当に自由に生きた人で、自分の息子に「好きにやらせてもらったから
まったく悔いはない」と言って笑ったそうです。

好き勝手に生きて他人に迷惑をかけるのは言語道断ですが、そうでないならば
誰かが決めた「常識」や「ステレオタイプ」に惑わされずに、自由に自分の人生
を生きるのがよろしい。

僕はそう思っています。

奇しくもダルビッシュ投手のテキサスへの入団と離婚の報に触れました。

他人はいろいろ言います。小さい子どもがいるのに離婚するなんてと言う人だっ
ていると思うんです。

でも他人がとやかく言うことじゃないし、本人がそれをベストとするならそれがな
によりベストなのです。

我々はついつい他の人たちのことを論じますが、そんなことはどうでもいいので
す。そんなことより自分のことをもっと考えなければならないのです。

伯父の死に触れ、僕も最近は少し安易に生きていたなと反省しています。

自分の人生を一所懸命に生きなければ面白くないですからね。

残された時間をどう生きるか、折に触れ考えてはメモに書きつけ、それに従って
自由に生きようと考えております。

カネや他人の「常識」にしばられずに。カネは天国には持っていけないからね。

僕の人生。したたかに自由に生きます。その中で他の人たちの役に立つ仕事、
木村さん、ありがとう!と言ってもらえる仕事ができれば最高です。

 
今日も僕のブログに来てくださってありがとうございました。
インフルエンザが流行っているそうです。お互い気をつけましょう。

 


投稿者: kimutatsu  |  カテゴリー: 人生論  

kimutatsu

時間と仕事量の切り分けについて

Posted on: 2011年12月10日(土) 3:21

 

 

 

 

 

 

 
やるべきことが目の前にあって、それがどうもでっかくて手に負えなさそうな時、
無理かなと思いながらも、それを分解してできそうな単位に切り分けができれば。

否、少なくとも「切り分けよう」と考えることができるかどうかがポイントでして。

どうしてこんなにもたくさんの仕事ができるのですかと聞かれることしばし。

上手く答えられないけど、自分で言うのも変やけど、切り分ける能力があるよう
な気がする・・・というよりも、切り分けようとすると楽観的になれるというか。

ここの部分に心底から(←ここポイント)気が付けば、時間のなさよりむしろ、で
きないと言い訳してる自分の心根の弱さのほうがよっぽど問題なんやなぁ。

明日の僕の独り勉強会 in TOKYOに安河内哲也先生と柴原智幸先生が来て
くれはるらしい。それ以外にも70名の方々がいらっしゃる。

みんな忙しい。大事なのはできそうな単位に切り分けようとする姿勢と、自分の
心根の弱さに勝とうとする気持ちやと、自信を持って言えるなぁ。

時間はみんな平等やからな。 
 
 


投稿者: kimutatsu  |  カテゴリー: 人生論  

kimutatsu

Moving about~朝日新聞を読んで

Posted on: 2011年12月6日(火) 0:52

 

 

 

 

 

 

 
なにかやって動いている人を見て、急に評論家ぶる人がよくいらっしゃるんだけ
ど、そんな人に限って「なら、お前やってみろ」と言うとできない。

頭はいいらしいのに、世間的に見るとそういうのはプライドが高いだけに性質が
悪い。他人の意見を尊重しながら自分の意見を堂々と述べるスキルもない。

学歴社会でトップを走っていたかどうかなんて、何の意味もない。

人生で重要なのは、自分が何を成し遂げていくかであって、そのためにはリス
クだの経験だの時期だのと言うとらんと、動くことです。

そして社会の一員として、他人をリスペクトしながら夢を叶えようとすることだ。

PCの前に座っていると、なんとなく仕事をしているような気になるのが現代人の
悪い癖というか、錯覚というか。

結局、人生の達人はみんなフットワークが軽いものだ。理由をつけて動かない
のでは、いくら卓越した理論を持っていたってゴミにしかならない。

僕に関して言えば来年は年男やし、今年以上に動いてやろう。ひとつ、大きい
夢があるので、それに向かっていよいよ始動してみよう。

 

 


投稿者: kimutatsu  |  カテゴリー: 人生論  

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勝ち癖

Posted on: 2011年11月28日(月) 23:21

 

 

 

 

 

 

 

 

特に何ということはないが、大分駅のなかにあるドラッグストアで見つけたので
撮影して、携帯電話の待ち受けとして使ってますねん。

食べ物は何が好きですかと聞かれたら、まず頭に浮かぶのがラーメンとカレー
うどんやな。それから次ぐらいに焼肉が来て、焼そばが来る。

要するに太るものが好きなんやなぁ、これが。

12月の声を聞くとお酒を飲む機会が一気に増えるし、一気も増えるが、酒自体
はそれほど好きなわけやない。その証拠に家ではほとんど飲まん。

家で仕事しながら好んで食べるのがチョコレート。最近は美味いチョコレートが
ものすごく増えたよなぁ。今こうしてる間も食べてる。

しかし12月から1月にかけては体重が増える傾向にあるので、気をつけねば。
夏は新陳代謝が悪く、冬場はいいらしいな。しかしいくら新陳代謝が良い季節
になったとは言うても、これだけ食べてたらあきませんわ。

丸善の吉田社長はかなり体重を落としたらしいし、僕もちょっとやってみるか…

と一瞬思ったけど、やっぱりやめとこ。無理はいかん。あぁ、チョコレートが美味
い。さ、仕事頑張ろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

先日久しぶりに逢った人から「今までいろんな言葉を木村先生から頂戴してきた
けれども、一番インプレッシブだったのが『勝ち癖をつけよう』でした」と言われた。

いろんな講演で話をさせていただいたし、ブログにも何回か書かせてもらった。

勝ち癖、逆に言えば負けないように気をつけることって大事やと思うなぁ。

毎日が勝負って言うより、我々の生活ってのは一瞬一瞬が勝負なわけで、そや
から1日が終わると結構何もしてないのに疲れてたりするわけで。

例えば朝。

自分で早起きできたら「勝ち」、起こされたら「負け」と考えてみよう。ちゃんと朝
ご飯を食べたら「勝ち」、スキップしたら「負け」。

遅刻しないで学校に行けば「勝ち」、遅れたら「負け」。英語の授業が始まった
ときに机上に辞書があったら「勝ち」、なかったら「負け」。

帰ってからちゃんとその日の復習をしたら「勝ち」、しなかったら「負け」2つ分。

なんて感じで考えていったとき、我々の生活ってのは勝負事が続いてるんやな。
ちゃんとディクテーションしたら「勝ち」で、しなかったら「負け」とかな。

1日が終わったとき、全勝っていう人は神様やけど、普通はそんな人間はおらん
し、おったら怖いわ。何回かは負けていいと思う。

そやけどそういう小さい勝負事に負け越してるようでは大きい勝負に勝てるわけ
あれへんですなぁ。入試にしても、資格試験にしても、出世にしても。

全勝は要らん。せやけど最低でも勝ち越さないかんですわ。

人生、勝ち癖をつけることって大事ですなぁ。何よりも生活ってのは勝負事の連続
なんやと捉え、勝ち癖を意識することってホンマに大事です。

 
 


投稿者: kimutatsu  |  カテゴリー: 人生論  

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就活デモに思う

Posted on: 2011年11月24日(木) 0:33

 

 

 

 

 

 

現在、連載させていただいてるのが『蛍雪時代』と『English Journal』のコラム
でして、前者が受験相談のコラムを、後者は英語の勉強法・授業法についての
コラムを、それぞれ書かせていただいている。

どちらも受験界あるいは英語界(という言葉はあるのか?)ではMAJORな雑誌
なので、あちこちに行っては「ケーセツ見てますよ」とか「イージェー面白いです」
とか言ってもらえる。

本当にありがたいこっちゃなと。

さて、東京で就活バカヤロー的なデモを大学生が行ったらしい。
大学生も大変やな。2回生ぐらいから就職活動をする人もいるらしいねぇ。

逆に企業が慌てるぐらい、全員が就活しなければどうなるんやろうな。大学生全
員が「自分探しの旅」なんかで印度やチベットに出かけたりしてさ。

めちゃくちゃ面白い、そして苦しい経験をして、人間としてオモロくなって日本に
帰ってくる。当然彼らは新卒ではないから採用対象ではない。

でもオモロイ人材にはなってる。どうなるかな。当然、引く手あまたになろう。

大学生が「お願いだから就職させてください」って頭を下げて会社にお願いする
ような状態ではよくないよね。

「ここまで自分を高めたが、俺(私)のこと要らん?」あたりがいいなぁと思う。

 

 

 

 

 

 

 
先日、隣の前川先生と話をしているときに「やりたかった教職に就けて、毎日こ
うして働けているのは幸せです」と仰ったのだがな。

我答えて曰く「俺たちはなりたかった教員にもなれて、何より大好きな本を書く
仕事にもたずさわれて、おかげでたくさんの本が読めるうえに、部活で好きな野
球までできるんやから文句の言い様もないわな」と。

前川先生、しみじみと答えて曰く「ほんまにそうですねぇ」と。

我々に力があると言うてるのではない。日本一周を自転車でまわっている途中
でラ・サールから「来い」と連絡された丸山某も含め、僕の周囲には「お願いや
から雇ってくれ」タイプがあまりおらんのです。

むしろ「他人があまり考えないぐらいいろんなことをしてるうちに、経験値が非常
に上がってた」人たちがたくさんいて、多くの職場で活躍しとる。

若い人たちにお願いしたいのは、その「他人があまり考えないぐらいにいろんな
ことをして経験値を上げる」という部分でな。

どんなに面接で笑顔を作ろうとも、上っ面の笑顔なんて大人は誰も求めてない
のです。求めてるのはオモロイ人材なのだ。

僕もよく「学校を変わりたいので紹介してほしい」と言われ、かなりしょっちゅう
紹介してるけど、紹介するのは「オモロイ奴」と決めてる。

英語力も大したことないし、人間としての経験値も浅い人を紹介することなど、
絶対にできるわけないですよね。

木村さんに紹介してもらった●●さん、めっちゃオモロイですよ!と勤務先に言
われる人でないと紹介する気にならん。

どういう人が「オモロイ」のかは上に書いたとおり。最低でも仕事ができるプロで
ないと意味がない。文書を作るのが上手いだけの人など要らん。

ほしいのは「いい人」ではないよね。いい人なんて世間にゴロゴロ転がってる。
逆に「悪い人」を探すのは大変だ。あの人、根はいい人なんやけどねって人なら
ほとんど100%に近いぐらいいる。根は悪い人なんやって人のほうがレアだ。

だとしたら「いい人」なんてのはどうでもいい要素でな。

せめて英語ぐらいはできた上で、「ここまで人間を高めたが、私のこと要らん?」
と言うことのできるすっごくオモロイ若い人がもっと出てきたらいいのにな
と思ってるのです。

 

 


投稿者: kimutatsu  |  カテゴリー: 人生論  

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