今日で平成が終わりますね。平成生まれの人たちはともかく
僕と同じ昭和生まれの皆さんにとって平成はどうでしたか。
昭和時代の僕と平成時代の僕は天地ほどの違いがあります。
英語という面においては、
①昭和時代の僕
英語が得意といっても下線部訳が得意であったり、構造分析
が得意であったり、パズル的な英語力であったように思う。
模試で全国2位をとってガッツポーズしていた。一方、数学
や理科に関しては宇宙最下位だった。アホの極み。
②平成時代の僕
構造分析はクイックレスポンスでできたうえで、英語で話さ
れていることが聞けて、英語で何かを話すことができるよう
になったので、英語ネイティブと話しても緊張しなくなった。
①は受験的な英語。②は経産省が喜びそうな英語。
①も②も受験には必要なんですけど、実際に英語を使うとい
うよりも、英語で何かをするという観点がないと、勉強への
モチベーションがあまり高くならないと思いますけどね。
英語も日本語も中国語もすべて「何か」をするための手段で、
その「何か」のほうが大事ですからね。
以前、茂木健一郎さんと話をしていたときに、英語はできる
けれども仕事はそれほどできない人と、英語はそこそこだけ
れども仕事はバリバリできる人と、どちらが求められている
かというと、当然のことながら後者であり、英語の勉強だけ
ができてもあまり社会的には役に立たないと仰いました。
日本語はバリバリできるけど、人間的にも仕事的にも大した
ことのないアメリカ人がいたとしても、雇いませんわな。
平成は英語熱がかなり高くなった時代ですが、だからと言っ
てあまり英語力が高くなったわけではない時代でした。
英語で何をするのかという意識がないと令和になったところ
で大した違いはないでしょうし、いくら民間の試験が受験に
導入されたとしても英検協会やベネッセが喜ぶだけで、英語
ができない人間が逆に増えることになるでしょう。
僕は英語を勉強していますが、これは別に英語を教えるため
ではありません。灘校生に英語を教えるのに必要なレベルは
それほど高くありません。
皆さんは英語で何をしますか。その意識が強ければ強いほど
英語力は高くなると思われます。英語ができればいいことが
あるよとか、英語ができないと困るよ程度の意識では、おそ
らくモチベーションはキープできないでしょう。
平成、僕にとってはいい時代になりました。
自己変革を起こすことのできた時代でした。
令和ではさらにステップアップしてやろうと思っています。
今日もブログにおいで頂き、ありがとうございました。
平成になったときはあまり高い意識がなかったのですが
おそらく令和時代にこの世を去ることになるだろうからか、
今回は転校先の学校に一歩足を踏み入れるような気分でおります。